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2007年8月17日 (金)

鎌倉幕府御用金 その6

鎌倉幕府御用金 その6

怪しげな教授先生達に大きな不信を持った私は、そのことを一生懸命社長の次男に訴えました。

その次男の方もうすうす同じようなことを感じておられたのですが、じぶんがアメリカ留学までさせてもらったと言うこともあり教授先生方を信じきっていた父である社長には、何一つ箴言することが出来ませんでした。

そうこうするうちに、あるとき私は一つのいたずらを思いつき次男にだけには内緒で伝え、意を決してそれを実行に移したのです。

日ごろ教授先生は、事もあろうに「この器具は金塊でも、甕でもその一部のかけらでもあれば元の形までわかります。埋蔵金が出てこの理論が証明されれば、ノーベル賞間違いありません」と嘯いていたのです。

そこで、煉瓦のかけらをバケツの中の放り込み残土に混ぜて上げたのです。

「先生こんなものが出てきました」とそのかけらを渡すと、教授先生は神妙にそのかけらを例の器具の下に置き、振り子をくるくると回し始めました。

固唾を呑んで見守っていると、なんとこう言ったのです。

「あ!これは金塊のカメのかけらでここの部分になります。もうすぐ金塊が出ますよ。」

そして絵まで描いて見せたのです。

その瞬間、私は次男の方と思わず顔を見合わせてしまいました。

心の中では「ふざけるな!このペテン師共が」と思わず叫んでいました。

わあーこれはとんでもないことになった、これがうわさには聞いたことがあったけれど、本物の山師と言われていた人達なんだと思った瞬間、体のふるえが止まりませんでした。

私はこの出来事をきっかけに、一億円のボーナスの夢も、世界中の財宝を集める会社をつくるという夢も、泡と消えてしまい急速にモチベーションが下がってしまったのです。

そこで、どうしても自分は音楽の世界の仕事がしたいので辞めさせて欲しいと、社長に直接お願いをして一切このプロジェクトのことを他言しないということを約束しそのプロジェクトから降ろしていただいたのです。

それから、そのプロジェクトはさらに1年ぐらい続いたようです。

しかし鎌倉幕府御用金はついにその姿を現すことなく終わったようです。

その付けはO工業にとっては大変厳しいもので、3万坪もあった追浜工場を手放さなければならないことになったようです。

私はおかげさまで音楽の世界に本格的に足を踏み入れることになったわけです。

社長との他言はしないと言う約束もあれから40年近い月日が流れたわけですのですでに時効となっていると思われます。

私の人生の貴重な体験の一つとしてここに書き留めておきたいと思った次第です。

最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。

                                 完

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