私のカスタ・ディーバⅢ
私のカスタ・ディーバ(その三)
いきずまるような緊張感のなかでその公開レッスンが始まりました。
第三回マダム・バタフライ世界コンクールでの入賞者、第一位ルーマニアのソプラノ、エウジェ二ア・モルドボニュをはじめ順次それぞれが、カラスが指定した箇所を三浦洋一氏のピアノ伴奏で歌います。
それをカラスが途中で止めて、細かく指導する。その繰り返しでレッスンが進んで行きました。
テノールはディ・ステファノが担当しました。
それぞれ、国際コンクールでの入賞者だけに、声も素晴らしいし、その歌も素晴らしく、申し分のない、さすがにと思わせるものでした。
やがてレッスンにも熱がこもってくると、今度はカラス自身が小さな声でオクターブ下を歌い始めたのです。
あ!カラスが歌っている!!
会場は、息を呑んで神経を集中し、その声を追うことになります。
そして次の瞬間、カラスの歌声が、突然オクターブ上がり、会場にまぎれもないあのカラスの歌声が響きわたったのです。
その瞬間に、今までさすがに素晴らしい、上手いなあーと思って聴いていた入賞者の歌声が、一瞬にして色褪せたものとなってしまうのです。
それは、言ってみればまさに、大学生と幼稚園児の違い以上の格差を感じさせるものでした。
カラスのその陰影に富んだ歌声には、張り詰めた緊張感があり、非常にリアルなまでに声そのものが、そのままドラマを感じさせるものでした。
その生の声を聴いた聴衆は、突然の福音に思わず声を出したり、溜息をついたりと、会場がどよめく状況となってしまいました。
するとカラスが歌うのを止め、客席の方に顔を向け、手のひらを客席の方に向けながら腕を左から右に水平に移動させながら、ただ一言「今は、レッスン中ですから」と言うと、そのどよめきは、一瞬にして水を打ったように静まり返り、会場全体に再び張り詰めた緊張感と静寂がかえって来るのです。
それは本当に素晴らしい体験をさせていただきました。
こんなことが何回か繰り返される中でレッスンが進んで行ったのです。
以下次回につづく
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