6月柴田家感謝喜びの集い一言体験
6月度「柴田家感謝喜びの集い」での一言体験です。
こんばんは、品川支部の梅澤 登志夫と申します。
本日は、梅雨の季節を迎えアジサイの花が咲きこぼれる6月「柴田家感謝喜びの集い」まことにおめでとうございます。
今日は、第3回目のご担当をしてくださいます直美様のお話をうかがうのがとても楽しみで、自分がこのようにして体験を発表しなければならないということをすっかり忘れておりました。
一昨日柴田様からご連絡をいただき「ヒエーやばい!何も考えていなかった、どうしよう」と頭を抱え込んでしまいました。
私は、皆さんが常日頃から「神の聖旨」の一節を、それぞれの課題として取り組まれ、その実践の結果を毎回この「集い」の席で発表されておられるお姿に触発をされまして、先月の「集い」の席におきまして無謀にも「私も神の聖旨の実践に取り組みます」と宣言してしまいました。
そこで私自身の課題とさせていただこうと思いましたのが、「神の聖旨第18節改善」で、「今日一日人の悪しき事を言わず、わが善きことを言わぬこと
人の善き事を褒め、わが悪しき事を改めよ。」
と言う一節です。
このたった二行の「聖旨」ですが、私にとっては本当に重い、非常に大きな課題なのです。
初めてこの「聖旨」と出合った時、思わず「あ!これだ」と思いました。
「今日一日」とはなんと凄いことばでしょう。
朝目を覚ましてから夜眠りに付くまでが「今日一日」ですが、次に目を覚ませばまた「今日一日」が始まります。
この「今日一日」の積み重ねが生きている限りずっと続くわけです。
「人の悪しき事を言わず」ということは、もの心が付いた頃から私なりに心がけてきたことですので、あまり問題ではないと思っているのですが。
「わが善きことを言わぬこと」ということが私にとっての大問題なのです。
私は昔から自分のこと、また自分の知っていることになると、すぐに夢中になってしまい、知らずに知らずのうちに自己を見失ってしまうのです。
夢中になればなるほど聞いている相手は、得意になって話す、私の自慢話を聞かされることになるようで、辟易としていたのではないかと思います。
しかし私の方は全然そんなつもりが無いわけですから余計始末が悪かったわけです。
私自身はそのことになかなか気付くことが出来ず、いつも同じ失敗を繰り返して来たわけです。
そのことに気付いた時、自分自身の人格的欠陥にやっと思い当たったのです。
また後半の「人の善き事を褒め、わが悪しき事を改めよ」は、人の善いところを見つけてそこを褒めてあげることが、その人の自信となり大きな成長につながります。
また自ら自分自身の悪いところを素直に認めて、それを率先して改めることは素晴らしいことです。
いずれも人としても、ましてや人を育てるリーダーとしても、最も大切なことですので私自身常に心がけてゆきたいと思っています。
もともと若い頃から私には大きな夢、目標がありました。
私はずっとそれを追いかけて来ました。
しかし結局、最終的にはすべて人間力の問題となり、人格的な欠陥が大きな壁となり、どうしてもそれを乗り越えることができずに来たわけです。
その大きな夢や目標を実現するためにも、何とか自分を変えたい、変わりたいと真剣に思うようになりました。
そんな折、お導きをいただき初めて鶴岡先生にお目にかかることができました。
信仰などもう二度とすまいと心にきめておりましたが、そんな私が自分の信条をひるがえしてまで本教への入信を決意した理由が、ほかならぬこの「人格を磨きたい、高めたい」という一点にあったからです。
鶴岡先生のお人柄、人格に触れさせていただいた時その素晴らしさに本当に圧倒される思いでした。
この信仰を続けて行けば、きっと鶴岡先生のような素晴らしいお人柄、またあふれんばかり人格に、少しでも近づけるかも知れない。
そのようになれれば私の夢、目標も実現することが出来るのではないかと思ったのです。
この信仰こそ神様が私に与えてくださった最後のチャンスなのかも知れないと思い入信を決意いたしました。
ですからこの「神の聖旨・第十八節」は、私のこれからの人生にとって大きな課題であるとともに、その基盤となる一節であると思っております。
総裁先生は、ご訓話「六本の柱」(下)の中で「第六の柱 人格を高める」と題し「第六の柱は神の聖旨・第十七節に『心と態度と言葉を整えよ』と諭されている事が、信仰者のあり方であります。
即ち、『心整えて態度整う、心と態度整えて言葉整う、心と態度と言葉整えて人格整う、この実行が神の御心に調和するのである』と諭され、先ず心を整えるには次の神の聖旨・第十八節にあります。
第十八節は、『今日一日人の悪しき事を言わずわが善きことを言わぬこと、人の善き事を褒め、わが悪しき事を改めよ』でありますから、これさえ実行すれば心が整うのでありますから、それだけで良いのです。
それを実行するだけでも人格は高まるのであります。(中略)
まずそのように心を整える事が、人格を高める事になるのでありますから、第十七節と第十八節の聖旨を皆さんの人格を高める基本として、ご自分を進化させていただきたいと存じます。」
とお諭しくださっております。
私は来月7月で、満60歳を迎えることになります。
公私ともに大きな転換期を迎えているわけでありますが、今また新たな人生のスタートをするに当たり、私自身がいかに人のために力になることが出来るか、どれだけ人々のサポートをすることが出来るかと言うことを、これからの人生の最大のテーマにして行きたいと思っております。
そのためにもこの「神の聖旨・第十八節『改善』今日一日人悪しき事を言わず わが善きことを言わぬこと、人の善き事を褒め、わが悪しき事を改めよ」と言う「聖旨」を常に心の奥に刻み付け、日々の課題と真剣に取り組み、人格を高めて行くためになお一層の努力と精進を積み重ねてまいりたいと心に強く期しております。
今日ご出席の皆様方お1人お1人への、大神さまのさらなるご祝福を心よりご祈念申し上げまして私の話を終わらせていただきます。
本日は「6月柴田家感謝喜びの集い」まことにおめでとうございました。
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