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  • 居住地: Japan
  • 郵便番号: 140-0013
  • 誕生日: 1948年 7月 9日

1行紹介

夢に向かって歩み続ける私です。

自己紹介文

若いころからの夢を追い続けている団塊の世代の元気な親爺です。想うことは必ず実現します。

前は海、後ろは山、神奈川県は横浜市の中でも最も風光明媚な金沢八景を擁する、六浦の豊かな自然の中で生まれ育ち、20歳までそこで過ごしました。
横浜市保土ヶ谷区の保土ヶ谷県立公園のすぐ脇、初音ヶ丘に移り住んで11年。
31歳の時、東京都品川区南大井に引越し翌年結婚。
6畳一間と2畳のキッチンの1Kで新婚生活をスタートしました。

かつて音楽関係の仕事を通し国際交流の仕事をしていました。
1984年日中3000人の青年友好交流に参加する機会に恵まれ、続いて日中国交正常化15周年の公式行事の総プロデュースをさせていただき、北京と上海でオペラ上演や邦楽や室内楽の演奏会を企画開催いたしました。

東京都、ニューヨーク市姉妹都市提携25周年の記念行事をニューヨークはカーネギーホール等で、東京では日比谷公会堂、昭和女子大人見講堂や目黒の東京迎賓館などで開催するなど、国際舞台で仕事をさせていただきました。

1988年40歳のときその事業に失敗し会社を倒産させてしまいました。

その後設備関係の仕事に就き、現場と営業を掛け持ちで10年、会社は20倍に成長し、3年先まで仕事を決めた時点で、「うめさんの給料で若い者を3人雇える、3年あれば若い者も育つだろうから、はいご苦労様でした」ということでお払い箱。

50歳を過ぎてからパソコンを独学で覚えました。
その後通信関係の仕事に就き、現在は某最大手通信会社のシステムエンジニアリング部に所属し、日夜パソコンと向かい合っています。

何事もやれば出来るものなのだなとつくづく感じています。
だからこれからも夢を絶対にあきらめません。
その夢にあこがれて生きてゆきたいと思っています。


ブログもあります。ちょっと寄ってみて
http://umezawa.air-nifty.com/umeyumeblog/


☆わたしの“夢”☆

より豊かで、より平和な世界、夢と音楽の溢れる世界の創造


音楽財団の設立

音楽文化の普及と振興に関するあらゆる事業を通し、若き芸術家達に活躍の場を提供し、次代を担う人材の育成と、我が国の音楽文化のさらなる発展向上をはかり、あわせて音楽による国際親善交流を通し世界の平和に貢献する。

財団基金   100億円

事業内容  1)音楽家及び音楽文化に携わる人材の育成事業
       2)演奏会・音楽祭・各種イベント等の企画運営事業
       3)音楽文化の普及事業
       4)音楽メディアの運営事業
       5)音楽センターの建設及び運営事業
       6)国際音楽交流事業
       7)国際音楽家会議(音楽サミット)企画運営事業
       8)音楽家及び音楽文化に携わる人々の福利厚生事業


事業内容詳細

1)音楽家及び音楽文化に携わる人材の育成事業
 ・トップアーチストによる各種音楽セミナー・マスタークラス等の企画開催
 ・国際音楽コンクールの企画開催
 ・各種オーディションの企画開催
 ・コンセルヴァトワール及び総合芸術大学の設立運営
 ・奨学金制度による留学生の交換事業の運営
 
2)演奏会・音楽祭・各種イベント等の企画運営事業
 ・各種主催演奏会の企画開催
 ・地方自治体やホール管理者等との共催による演奏会の企画開催
 ・学校訪問コンサートや子供の為のコンサートの企画運営
 ・国際交流音楽祭等の企画運営

3)音楽文化の普及事業
 ・音楽図書、音楽雑誌、楽譜等の製作販売
 ・CD、DVD、音楽ソフト等の製作販売
 ・音楽に関する研究機関の設置

4)音楽メディアの運営事業
 ・インターネット音楽局の運営配信
 ・音楽ウェブサイトの運営配信

5)音楽センターの建設及び運営事業
 緑と水が豊かな30万坪の敷地内に下記の施設を置く
 ・コンサートホール(大ホール2500名・中ホール1250名・小ホール600名)
 ・オペラハウス(2000名)
 ・リハーサルルーム(大・中・小)
 ・録音スタジオ(大・中・小)
 ・音楽図書館、音楽資料館、音楽博物館の設置
 ・電子音楽研究所の設置
 ・宿泊施設(ホテル)
 ・レストラン、喫茶ルーム
 ・財団事務所を置く

6)国際音楽交流事業
 ・国際交流親善演奏会や音楽祭の企画開催
 ・若手音楽家の派遣及び招聘による演奏会の企画開催
 ・日本の音楽を広く海外に紹介

7)国際音楽家会議(国際音楽家サミット)の企画運営事業
 ・4年に1度、世界のトップアーチストによる会議の開催
 ・音楽文化の発展向上に顕著な貢献をした人を表賞
 ・世界中の若き音楽家達に夢と希望を与える

8)音楽家及び音楽文化に携わる人々の福利厚生事業
 ・音楽家及び音楽文化に携わる人々の生活の向上を目的とした福利厚生事業
・音楽家共済保険

私自身、高校時代から一つの夢を持って、その夢に向かって私なりに一生懸命努力を重ねて生きてまいりました。
私は、小さいとき、友達がヴァイオリンを習っているのを見て、自分も習いたいなと思い逗子のヴァイオリン教室に通うようになり、たくさんの音楽との出会いがありました。
一時中断いたしましたが、高校1年生の春、ある教団のオーケストラに所属をいたしました。
そこで音楽との縁を強く感じ、音楽の世界に深く足を踏み入れることになって行ったのです。
そんな中で自然と自分自身の音楽に対する夢が育まれ、その夢が大きく広がってい行きました。
やがて自分の夢を具体化してみたい、実際にこの社会で展開してみたいと思うようになりました。
音楽を通し社会に貢献したい、世界の平和に貢献したいと真剣に考えるようになりました。
その後、学業を終えるとその教団のプロの演奏家だけを集めたオーケストラが結成され、その楽団の事務局長として活動するかたわら、子供たちに生の音楽に触れる機会を作ろうと「僕らの学校にオーケストラがやって来た」というキャッチフレーズのもとに学校コンサートの事業に参画し、全国の小・中・高校を駆け巡りました。
日本の音楽事情は大変厳しく、東京には世界に誇れるようなコンサートホールは結構な数がありますし、各県どこに行ってもそれぞれにお金をかけた素晴らしいホールがあります。
毎晩のように全国各地で海外から招聘したアーチストによる、何万円もするような入場料の演奏会が行われています。
日本は世界でも類を見ないくらい大きな音楽市場であることも間違いありません。
にもかかわらず、若い演奏家達の活躍する場がありません。
やむを得ないのかもしれませんが、もはや完全に商業化されてしまっておりますので、すべてが採算ベースで考えられ、若い次代を担う人材を育てようとか、文化を育てようなどという片鱗すら窺(うかが)うことが出来なくなっているのです。
優秀な人材は皆海外に出て行ってしまいますし、もしも帰って来ても活躍する場がないのです。
大切な日本の文化資産がどんどん海外に流出してしまっていると言うのが現実です。
そこで、「若い演奏家達に音楽の場を提供し、次代を担う人材の育成と、国際親善交流を通し世界の平和と音楽文化の発展向上に貢献したい」と言う私の夢を何としても実現してみたいと思ったのです。
それには、まず人材を育てることと、音楽文化の社会的土壌から作り直して行くことがどうしても必要不可欠な課題となって来る訳です。

その教団の外郭組織に通称「M音」(財)「M音楽協会」という団体があります。
当然そこが行う事業だと思っていましたので当時の理事長のA氏、専務理事のY氏、また隠然たる影響力を持っていた当時衆議院議員であったA氏等に論文を提出し面談をして話し合いを持ちましたが、そこにはビジョンを持っている人も無く理解を得ることが出来ませんでした。
だったら自分でやってみようと思ったのです。

政界、財界、また官界のOBの方々の間を飛び回り、それらの人々に趣旨を訴え、賛同して下さった錚々(そうそう)たる顔ぶれを揃えて1976年、国際音楽芸術家協会を設立いたしました。
月一回の役員会には大変な顔ぶれが揃い、なかにはSPまで付いてこられる方もおり、さすがに緊張したものでした。
私はその協会の事務局長に就任いたしました。
またその業務を実際に運営推進する、プロデュース会社を設立し、その代表として、全国各地での演奏会の企画を始め、国際交流親善演奏会の企画等で世界中を飛び回るようになりました。

一時は音楽の世界という夢の舞台で、思う存分活躍させていただいたこともありましたが、やがて1988年、平成元年、その事業に失敗し、すべてを清算することになったのです。
会社も整理し、協会からも身を引くこととなりました。
その清算は、私にとっては非常に過酷なものでした。
職や信用を失っただけではなく、今は一緒に住んでおりますが、家族も家もすべてを失うことになったのです。
残ったのは、下着と莫大な借金だけ。 その下着も、箪笥(たんす)に差し押さえの札(ふだ)を貼られて出すことも出来ないと言う悲惨な状況でした。

夢半ばにしてその夢にも破れ、苦しい時代を過ごすことになりました。
でもその夢を捨(すて)たり、諦(あきら)めたことは一度もありませんでした。
その夢のおかげで、自分としてはいつでも、何に対しても前向きに取り組んでこられたのではないかと思っております。
すべてはその夢に一歩近づくためと思えば、他人から見たらどんなに辛いだろうと思われることでも、苦しいだろうと思われることでも、どんなことにでも耐えられましたし、何をしていても心の底から楽しむことが出来たのです。

4人でやっていた小さな設備会社に運転手として入ったのですが、入社4日目に4トンダンプを運転中、第三京浜で大クラッシュ事故。一命をとり止め3ヶ月間入院。退院後すぐに現場と営業を掛け持ちで任され元受会社やゼネコンや市の水道局や土木事務所の職員からも信頼される仕事を積み重ね、やがて元受として市や県の入札工事を請けるようになり、下請け会社を何社も持つようになりました。
その仕事を一つ一つ一生懸命やることが、夢に一歩一歩近付く事になると思っておりましたので、道路を掘削していても配管をしていても営業をしていても、写真管理のためのアルバムを作っていても心の底から楽しんで仕事をすることが出来ましたので、どんな仕事をしてもみんな私の天職だと思っていたくらいです。

退職後、クリスチャン・ラッセンの総代理店でもある大手版画制作販売会社に約2年間お世話になり、その後ソフトバンクとマイクロソフトと東京電力が出資して出来た新しい通信会社の立ち上げに参画、埼玉、東京、神奈川と半年ずつをかけて営業所を順次立ち上げました。

現在は某最大手通信会社のSE部のネットワークデリバリ部門に所属し、インターネットインフラの構築整備工事の統括管理プロジェクトでお客様との窓口的な仕事をしています。

まずはなによりも想うことが大切だと思うんです。
絶対にこの夢を実現するのだ、実現出来るのだという強烈な想いを持ち続けて行きたいと思っています。 そしてしっかりとした基盤を築き上げ、それを次代を担う若い人たちに何としても引き継いで行ければいいなと思っています。
そのための手段として、もうこれ以上の仕事は存在しえないと言う、最高の仕事とめぐり合い、いま家内と、またたくさんの素敵な仲間達と一緒にその仕事に真剣に取り組んでいます。

これからも、この夢の実現に向けて、あせらず、怠(おこた)らず、誠心誠意取り組んで行きたいと思っています。


☆管理するコミュニティ☆

「ライフスタイル研究会」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1928640


「女神(ディーバ)マリア・カラス」
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「ザ・シークレット」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2891391

☆ニックネーム「うめパパ」の由来☆

子供を4人授かりました。
女、男、女、女の一男三女。
みんなそれぞれ個性豊かに育ってくれました。
子供たちのあだ名はみんな「うめ」。

学童時代が合計で11年、その間ずっと廻りの子供たちからも、その父兄たちからも「うめパパ」「うめママ」と呼ばれて来ました。


☆リンク・リンク・リンク☆

マイMixi
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☆マリア・カラス
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世紀の歌姫、不出生のプリマドンナ「マリア・カラス」のブログです。


☆キャッシュフローゲーム会
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金持ち父さんのキャッシュっフローゲーム会のブログです。正しいファイナンシャル・インテリジェンスを身に付けそれを磨きましょう。


☆うめゆめブログ
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gooブログです。


☆我が信仰の軌跡☆
http://umezawa.air-nifty.com/umeyume3/

人としてこの世に生命をうけ、多くの人々とともに生かされている訳です。
自らが幸福であるよう願うとともに、自分と同じように、他の人々も幸福であるよう願うことは、人として当然のことです。
生きる規範、礎、よりどころ、それが私にとっての信仰と言ったらよいでしょうか。

興味のあること

音楽,読書,ブログ,グルメ,